● なつめ少女

● なつめ少女

我が家のナツメは、亡くなったばぁちゃんが嫁入りした時に、実家から苗を持ってきて、庭に植えたものだ。

生きていたら、89歳。
二十歳で嫁に来たと言っていた気がするので、この棗は樹齢69年ということになる。

木の時間軸と我々の時間軸が、全く違うものであることを、痛感させられる。

ばぁちゃんは、棗が大好きだったということで、実家から一緒に中川家に嫁入りさせたのだが、僕の記憶では、ばぁちゃんが棗を喜んで食べている姿は記憶にない。

不思議に思って一度聞いたことがある。

ばぁちゃんは棗好きなんでしょ?
なんであんまり食べないの?

と。するとばぁちゃんは、

「昔は今ほど食べるもんねがったがらなぁ。昔は甘いもんねくてよ。棗は甘くてんまがったんだよなぁ。ちゃっこいどきは甘くてうめぇがら、大好きでよーぐ食ってだもんだげんど、今は棗より甘くてうめぇもんいっぱいあっからな。今はそげに食いでぇど思わねはぁ。」

非常に納得すると同時に、この棗の木がとても物悲しく、そして存在自体が時代遅れに感じ、すっかり色褪せて見えた。

なので、僕も全く興味も関心もなく、棗はただただ、そこに生きているだけだった。

あれから30年以上経つ。
僕が山形に帰ってきて、百姓を初めて2年目の秋。

僕は突如、この棗のことが気になって気になって仕方がなくなった。
 
ばぁちゃんは認知症がすすみ、入院していた。
その時、棗を持って行ってあげたくなったからだった。

棗を少しもぎ、病院へ。

ばぁちゃんは、僕が行くたびに、家に帰れると思い、

「おおーヒロ。迎えにきてけっちゃんがぁ。おしょうし、おしょうし(ありがとう)。早く家さ帰っぺはぁ」

と、言う。
心のひだがざわつく。

「いや、ばぁちゃん。今日はまだ帰らんにぇんだよなぁ。」

いつものやりとり。

「今日はナツメ持ってきたよ」

「あ?なづめ??」

「んだ!ババちゃ!大好きだべ!?」

「あら!なづめなぁ!珍しいごとぉ。どっから持ってきたんだべ。よぐ知ってだなぁおれの好きなものぉ」

と言って、ナツメを懐かしそうに、嬉しそうに食べた。
 
その顔は、まるで少女のように、喜びに溢れていた。

 
その時から僕は、この棗に興味と関心と感謝の心が湧いてきて、より深く知りたい!と思い、棗について調べ始めた。

調べて驚いた。
その力。棗のもつ栄養価や効果。漢方薬としての存在感。

これは、より多くの人にこの棗を知ってもらい、ばぁちゃんの棗の価値を伝えたい!

と思った。

何年も手入れしてなかった棗の木を、自然剪定で剪定した。
とてもさっぱりして気持ちよさそうだった。

ナツメのことを記事にして、ブログやFBで書いた。

欲しいと言う方に販売した。

多くの方に、棗の力を知ってもらい、そして健康的な内臓と女性に欠かせない栄養補給として、たくさんの方に感謝されることになった。

ばぁちゃんの棗は、今、色んな人を笑顔にする木の実になったと自負している。

ばぁちゃんはこんな未来を全く想像してなかったと思うのですが、現にそうなっている。

そしてこの始まりは、ばぁちゃんがここに棗を植えたからに他ならない。
 
ばぁちゃんがここに植え、棗が生長し、孫の僕がその意味を変えたわけだ。

やはり過去も未来も今にある。

今だけが全てを変えることができる。

そして、今に生きる人間が、それをどう受け取るかだけだ。

そのきっかけは、病室で見た、あのばぁちゃんの少女のような笑顔に他ならない。

あ、やっぱり、全部ばぁちゃんがやったことなのか?

一人で苦笑しながら、今年もたわわに稔る棗を見上げている僕が、今日も生きている。

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●中川吉右衛門の棗

300g 1600(税込・送料別)
500g 2500

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